秋の風物詩の一つとしてお月見があります。

そんなお月見は十五夜と言われる月が美しく見える日に行いたいものですね。

しかし、十五夜は毎年何月何日と決まっているわけではありません。

そこで今回は十五夜に日にちが毎年どうやって決まっているのかやお月見・十五夜のその他あれこれについて紹介したいと思います。

特に毎年毎年お月見が何月何日なのか調べる人がいると思いますが、それをしなくてもいい方法も紹介します!

目次【本記事の内容】

 

十五夜とは?

そもそも十五夜が何かわからないという方も結構いるのではないでしょうか。

十五夜とは、旧暦の毎月15日の夜のことを言います。

月の満ち欠けはおよそ15日周期で新月から満月へ、そして満月から新月を毎年1日としており、15日がほぼ満月となります。

この満月にあたる15日の夜または見える月を十五夜と言います。

つまり、旧暦の1月から12月まで全て十五夜があります。

十五夜と中秋の名月との違いは?

十五夜と関連するキーワードとして「中秋の名月」を聞いたことはないでしょうか。

毎月の15の夜を指す十五夜に対し、中秋の名月は旧暦の815日に出る月のことを指します。

旧暦では、13月を春、46月を夏、79月を秋、1012月を冬という割り振りで季節が決まっていました。

これを考慮すると、8月は秋の真ん中に当たりますよね。

8月は秋の真ん中つまり、「中秋」なので中秋の名月と呼ばれているようになりました。

十五夜は毎月あるのに、中秋の名月だけお月見をするのは、冒頭でお話した月がとても美しく見えるお月見に最適な日だからです。

このような背景があるので十五夜と中秋の名月が同義語で使われるようになったのでしょう。

毎年十五夜の日にちは変わる!

先ほど話したように十五夜は旧暦の815日とされています。

旧暦は太陰太陽暦といい、1年が354日しかありません。

現在の新暦と比べると11日足りないので3年経つと約1ヶ月のズレが生じてしまいますね。

それを補正するために19年に7回閏月を入れて太陽暦と合わせています。

これが毎年十五夜の日にちが変わる原因です。

一昨年(2018)924日、昨年(2019)913日、今年(2020)101日、来年(2021)921日、再来年(2022)910日が十五夜となっています。

これを毎年毎年ネットで調べるのは面倒だと思いますので、以下のURLから旧暦の計算ツールをブックマークに登録すると良いでしょう。

旧暦計算ツール

十五夜が満月とは限らない!

今まで十五夜についてあれこれ説明しましたが、残念なことに十五夜の日が満月とは限りません。

月の満ち欠けの周期は約15日と一定ではないため、十五夜と満月の日は1,2日ずれることがあります。

先ほど十五夜の日を紹介した2018年~2020年は、満月の日が十五夜の日の1日遅れになっています。

2021年と2022年は十五夜と満月の日が同じです。

合わせて知っておきたい3月見!

実は十五夜以外にもお月見の行事があります。

それは十三夜・十日夜と呼ばれるものです。

十三夜とは、十五夜の後にやってくる旧暦の913日のお月見のことを言います。

十五夜は中国から伝わった風習と言われていますが、この十三夜は日本由来の風習と言われています。

栗や枝豆をお供えすることから「栗名月」や「豆名月」と呼ばれています。

十三夜も旧暦が基準で定められているので、毎年日にちは変わります。

ちなみに今年は1029日です。

十日夜とは、旧暦の1010日に行われていた収穫祭のことを言います。

毎年、十日夜の日にちも変わりますが、お月見がメインではないため、満月かどうかに関わらず新暦1110日にお祭りを実施するところが多いです。

十日夜は主に東日本で行われる行事で、西日本では旧暦10月の「亥の子」という行事に当たります。

地方によって行事内容は様々で、例えば、子どもたちが「稲を束ねて作るわら鉄砲」で地面を叩いて回り、作物にいたずらするモグラを追い払ったり、お餅を食べて無病息災や子孫繫栄を願ったり、「かかしあげ」と呼ばれる、田んぼを見守ってくれたかかしにお供えものをしたりする風習などがあります。

十五夜の歴史

日本では、太古の昔から月を神聖視していたようです。

もちろん十五夜とは違いますが、縄文時代には、月を愛でる風習があったと言われています。

十五夜の月見が盛んになったのは平安時代!

旧暦の815日に「十五夜」として名月を愛でたのは、中国が発祥で唐の時代だったとされていますが、そこから日本に入ってきたのは平安時代です。

平安時代のお月見は、中国の影響で貴族的な風雅な遊びでした。

貞観年間(859877)頃に広がり、宮中で中国のように宴が開かれ、満月の月明かりの下で歌会を熱心におこなったのは村上天皇で、そのころから貴族の間に広がっていきました。

貴族たちは空を見上げて眺める月だけではなく、水面や盃の酒に映った月を楽しんだり、船の上で詩歌を詠んだりと、風流な宴が催されていました。

先人たちはこのようにして十五夜の月を眺め、美しい物語や詩を生み出してきたのです。

室町時代に庶民に広がった!

月を神として崇めるお月見の習慣となっていったのは、室町時代からと言われています。

暦が普及する以前は月の満ち欠けで月日を知り、農作業の目安としていたため、月に対する畏敬の念を抱き続けました。

つまり月は信仰の対象だったのです。

欠けたところのない十五夜の満月は、農作物の実りが豊かな象徴でした。

そのことから、ナス、枝豆、柿、栗、瓜、里芋、おかゆなどをお供えして、月を拝むことが習慣化されていきました。

萩の箸でナスに穴を開け、その穴から月を覗いて「月々に月見る月は多いけれど、月見る月はこの月の月」という遊び言葉を唱えて拝むと、目が良くなるという言い伝えも残されています。

このように、室町時代では多くの遊び行事が宗教行事に変わったといわれています。

お月見は貴族だけのものではなく、庶民独自による月への祈りが主体の「お月見」の習俗が広がっていきました。

江戸時代には行楽イベントになった!

室町時代には静かな宗教行事だったお月見でしたが、社会が安定した江戸時代になると「秋のイベント」として新境地を開き、お月見は幅広く親しまれるようになりました。

秋になると暑さもおさまり、行楽シーズン到来という事で外へ出かける機会も増えますね。

江戸時代には、そこにお月見の風習が加わり、人々は胸を躍らせていたそうです。

江戸にはお月見の名所がいくつもありました。

山や神社、特に海辺は人気で、水面に映った揺れる月を楽しむのも好まれていました。
日本人特有の感性、美の世界ですね。

海辺には多くの屋台が立ち並び、海には月見船が浮かび、花火もあがるなど、江戸の十五夜ではそんな遊興風景が広がっていました。

お月見の風習やお供え

お月見には、美しい月を眺めるだけでなく、収穫に感謝して、月に見立てたものや収穫物をお供えするという風習がありますよね。

お月見のお供えものの定番であるススキ・月見団子・農作物(芋類や栗や枝豆など)のそれぞれにはどんな意図があるのでしょうか。

この章では、それぞれのお供え物の意味について説明します。

月見団子

月見団子は中国の「月餅」にならったものと言われています。

丸い団子を満月に見立てたお団子をお供えすることで、月に収穫の感謝を表します。

十五夜では15個、十三夜では13個を、ピラミッドのように積んでお供えします。

これは一番上の団子が霊界との懸け橋になると考えられていたからです。

ススキ

秋の七草の一つでもあります。

ススキは白い尾花が稲穂に似ているという点から、悪霊や災いなどから収穫物を守る魔除けになり、翌年の豊作を願う意味が込められています。

そして、鋭い切り口を持つススキは魔除けになるともされており、庭や水田に立てたり、軒先に吊るす風習が今もあります。

農作物

お月見は、豊作を祝う行事でもあります。

里芋、栗、枝豆など、収穫されたばかりの農作物をお供えし、収穫に感謝します。

中でも里芋は日本人がお米を主食にする前まで主食の座にあった食べ物で、私たちの先祖代々が生きる上で最も長く食べてきたものです。

昔から里芋は十五夜まで育つと言われ、田畑でとれた里芋こそ、月の神様へのお供え物としてふさわしいものでした。

そのため、「中秋の名月」は「芋名月」の異名をもちます。

世界にもお月見のようなイベントがある!?

海外にもお月見のようなイベントがあります。

そもそも中秋の名月は中国から伝わってきた歴史があることも別の章で紹介しています。

中国には中華三大節のひとつに中秋節という春節(旧正月)や清明節(日本でいうお盆)と並ぶ大きなお祭りがあります。

2020年の中秋節は101日~8日は8連休です。

中秋節には家族や親しい友人を招き、月餅を食べ、月を見るという風習がありました。

現在月餅はその時期の贈答品として定着しています。

中でも香港では、重みのある月餅はビール券などの商品券のような要領で月餅券を送る場合があるようです。

英語圏で十五夜やお月見の習慣はありませんので、「十五夜=満月」ということで以下のような表現になります。

・night of the full moon

・a full-moon night

英語圏でもネイティブインディアンは各月の満月に名前をつけています。

その中で9月は「Harvest moon(ハーヴェスト・ムーン)」といい、直訳は「収穫月」となります。

満月がこうこうと明るいので、夜に収穫ができて助かるというところからこの呼び名になったとする説があります。

まとめ

お月見の最初のルーツは縄文時代でしたが、みなさんが思っていた以上に昔に遡ったのではないでしょうか。

十五夜の日にちが毎年変わるのは中秋と言われる旧暦の815日が毎年変わるということはわかっても十五夜の日と満月の日が必ず同じとは限らないのは衝撃だったのではないでしょうか。

満月の日に月見団子を15個ピラミッド型に並べてススキとお供えして里芋とお月見を食べるお月見がしたいものですね!